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二人のレジェンド

昔、インターネットがまだ軍事用にしか利用されていなかった頃、フリー・クライミングに魅せられた若者たちは、唯一の専門誌「岩と雪」の発売日を待ち侘びていた。そこには、今もしつこく岩にしがみ続ける男達の胸を熱くさせる記事が掲載されていた。



【岩と雪 137号】 1989年12月
(ジョン・バーカー 孤高のクライマー 鈴木英貴)

バーカーの意見はちがう。

「クライミングは、あくまで下から上へ登るものだ。ラッペルでムーブをさぐり、ボルトを打つ-これはもはやクライミングではない。墜ちたら下まで降り、あらためて登る。このほうが本物の力がつく。ハードムーブのトレーニングなら、ルート上でハングドッグしなくてもボルダリングでいくらでもできる」

彼はクライミングの本質を、まず第一に考える。たとえ時間がかかっても、登った時にルートとクライマーの間に深いつながりができ、貴重な思い出が残る。

アメリカのハードなクラシック・ルートの多くにはそれにかかわってきた人々の思い入れがあり、歴史の重みを感じさせる。ぼく自身、アメリカ各地でハードなルートをいくつも拓いてきたが、その時々、いろいろな人との葛藤があり、思い出がある。今後もルートを拓くなら、続登する人に感銘を与えられるルートにしたい。それにはスタイルが大事なのだ。



【岩と雪 136号】 1989年10月
(自由を求めて ロン・カウク大いに語る アルピ・ランド122号 )

(ア誌) あなたは、それまでの倫理を変えて、トップロープによるリハーサルを受け入れましたね。
(カウク) ぼくにとって、それはたやすいことではなかった。ベン・ムーンやスコット・フランクリンとずいぶん議論を闘わした。翌春、スミス・ロックで初めてトップ・ロープとハングドッグをやったが、罪の意識を感じたことは確かだ。

(ア誌) 後悔してますか?
(カウク) いや、まったく。人生では、起きなければならないことは必然的に起こるものだ。

(ア誌) クライミングにおける冒険を、どこに見出しますか?
(カウク) 高難度の登攀に。 奇妙に聞こえるかもしれないが、ロベール・コルティジョやエドランジェのように、ぼくをインスパイアしてくれるクライマーと一緒に、自分の限界を引き上げようとする努力をしていると、ヨセミテの良き時代にテイルズ・オブ・パワーを双眼鏡で発見したり、毎日その下を歩いていながら、登れるなどとは思わなかったミッドナイト・ライトニングを、突然見直した頃を思い出すんだ。― 冒険は常にそこにある。



ジョン・バーカーとロン・カウク
二人は今もなお、永遠のスーパー・スターだ。

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真実一路PageTop人生一路

Comment

 バーカーが亡くなってずいぶん経つね。今も岩雪の表紙を飾ったミッドナイトランディングの写真は脳裏に残ってます。

にっちゃん
北海道は、今、桜が満開に咲いてるのかねぇ。
こっちは、田んぼの稲が青々と茂ってきてます。
鶏さんたちに、よろしく。

桜は散りましたが、庭のさくらんぼが満開です。こっちはまだ田植えの最中。

時代の流れを感じます。何歳まで登れるか、今やっておりります。目標60歳。

組長さん
ジジイになっても、ヤバイやつ登っていたいですね。
「オジイちゃん、もうやめてよ」「うるせい、この野郎!」

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